「島の色 静かな声」視聴メモ : 2009.01.17 Saturday
立教大学ESD研究センター主催の「島の色 静かな声」上映会視聴。

西表島祖内に住む石垣金星さんの奥さん、石垣昭子さんを主人公にしたドキュメンタリー映像詩。
2006年に完成した西表島内にあるゴミ最終埋め立て処分場にゴミ袋ががんがん投げ込まれる映像が衝撃的だった。
全編を西表の自然の音が埋め尽くし、その中で淡々とモノを作る昭子さんをひたすらカメラは追う。

祖内の集落は人口役200人。そのすべての人の誕生から死まで、すべての住民がお互いにとことん知っている。

イチャリバチョーデー。島に来れば他人なんて誰一人いない。

それは、ノルスタジーやのんびりした生活というのとは違う。主催者や映像作家が目指したそんな視点を消し飛ばす、金星さんの口から飛び出す、だらんと弛緩しているようで、緊張感にあふれる言葉の数々が耳をうつ。

昭子さんは、「捨てられないモノ」作りを目指すと言う。特定の人の特定の状況に想いを込めて織られた布は着物は、決して安易に捨てられることは無い。買う人は作り手の想いも一緒に買う。バックグラウンドを知る。深く知っていれば、ものなんて簡単には捨てられない。
モノが形になる前の見えないプロセスがある。目に見える世界の裏側がホントの世界だ。そこを知らずにいるから僕らは気楽だけど、その関係性を知ってしまったら僕らの生活はどうなるだろう。

暑苦しいほどの関係性。
窮屈だろう。でも、すてきだろう。

神司の着物には魂の出入り口がある。
今も生きる本当の神様への祈り。
神様って何だ?
それは、神様というよりはもっと生命圏そのものに近いものなんじゃないのか。

犬も食う、イノシシも食う、山猫だって食う。 (ヤマネコは今は食べていません)
山猫は山の神様。
神様を殺して食う。
命の連続性。

世界は誰が何がまわしているのだろうか。それを僕らは知ることができるのだろうか。それを知ったときに僕らの社会は変わるだろうか。
人間社会はバイオスフェアから独立なんかしていない。では、なんで僕らは人工と自然を分離して考えるのか。
祖内の祭りの祈りにも似て、人間社会が意識の深層で再び生物圏と合一する。
そんな社会はくるだろうか。

複雑性の彼方に僕らは具体的な関係性を再発見できるのか?

「島の色 静かな声(Silent color Silent voice)」
 今春より都内単館系映画館で随時上映開始

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